2009年06月21日

地域医療(ちいきいりょう、community medicine)とは

地域医療(ちいきいりょう、community medicine)とは、病院や医療機関での疾患の治療やケアにとどまらない概念である。

地域医療において医師および医療従事者は、地域住民全体の幸福を常に考えながら医療活動を行うことが求められる。予防活動は疾病の治療と同等に重視される。医師や医療従事者が地域の住民に働きかけて、疾病の予防や健康の維持、増進のための活動を行うこと。疾病の治療にとどまらず、リハビリ、在宅療養のサポート、地域で暮らす高齢者、障害者の支援などの事業。妊婦の保健指導や相談、子育ての支援なども行われる。最近では、在宅の引きこもりの児童から成人などへの関わり等もその活動範囲となる。こうした活動を医療機関が単独で担うのではなく、地域の行政や住民組織と協力してすすめていくことが特徴である。地域医療においては、医師や医療従事者の活動と同等に、地域住民の健康を守る活動が重視されている。地域医療とは、医療を通じて社会の民主化、住民自治を推進し、医師と地域住民が手を取り合ってより良い地域社会を築いていくことをめざす活動である。

長野県にある佐久総合病院の若月俊一は、「医療はすべからく地域医療であるべきで、地域を抜きにした医療はありえない。あえて地域医療というのはいかに地域がないがしろにされているかということの裏返し」と述べている。このように地域医療という概念そのものが、現代の病院中心の医療に対する批判となっている。 
「地域医療」という概念が提唱され一般化していったのは、長野県にある諏訪中央病院が中心となって主催した地域医療研究会の実践によるところが大きい。諏訪中央病院のお手本になっていたのは、おなじ農村地域で医療を行っていた佐久総合病院などの活動であった。佐久総合病院の若月俊一は、自分たちの活動を農村医療として捉えていた。しかし農村の社会構造の変化にともない、地域での医療活動は農民だけを向いたものではなくなっていた。世界的にも、1978年のアルマ・アタ宣言で、プライマリ・ヘルス・ケアが定義され、医療と健康の問題を住民自治の力で解決しようとする考えが提唱された。1970年代の後半には徐々に、農村医療という呼称にかわるものとして地域医療という概念が醸成されていった。1979年に「地域医療研究会(仮称)準備会」が小規模に開催され、1980年に「地域医療研究会'80」が諏訪中央病院の主管で開催された。ここには、大学の医局から離れて各地で地域医療を行っている医師、地域医療を志す医学生、自治医科大学関係者などが集った。
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そこでは地域医療の定義についても討議された。浅間総合病院の吉澤国雄がこれをまとめ、『地域医療とは包括医療(保健予防、疾病治療、後療法および更生医療)を、地域住民に対して社会的に適応し実践すること』と定義した。その後、『都市での地域医療』、『患者の命と人権』などにテーマは広がっていった。先進的な医療機関では、介護保険施行以前に老人デイケアを行ったり、病院を中核に、医療と福祉が一体化した保健福祉拠点の整備を行ったりするなどの実践を積み重ねながら現在に至っている。

地域医療のテーマに関して概観すれば、80年代には予防と治療の一体化が課題とされ、それが概ね実現された90年代には医療と福祉の一体化が課題となった。最終的には、住民を巻き込んだ予防医療、患者にやさしい医療、医療と継ぎめなく提供される福祉、これらを一体的に提供することが目標になった。地域医療に先進的な医療機関の経験は、地方自治体の保健福祉計画の手本となり、80年代から90年代に、国保病院、国保診療所、厚生連病院などの公的医療機関に波及していった。それに伴い「地域医療」という用語も一般化して用いられるようになった。現在では、国の政策[1]にも取り入れられて、厚生労働省や大学医学部も地域医療の重要さを語るようになっている。


2009年06月02日

一つ刀剣史上注記すべき点としては

一つ刀剣史上注記すべき点としては、長らく続いた備前長船一派が度重なる吉井川の氾濫で天正末期に壊滅したことがある。これによって備前鍛治の伝統は一時休眠状態となった。そのため、各地の大名は量産体制のある美濃の鍛治をこぞってお抱え刀工に採用した。この点は「新刀」を語る上で非常に重要なポイントとなる。

刀剣史では、慶長以降の作刀を「新刀」として、それ以前の「古刀」と区別がされている。違いは地鉄にある。従来は各々の地域で鋼を生産していたため、地方色が強く現われた。しかし、天下が落着いたことにより、全国にある程度均質な鋼が流通するようになり、刀剣の地鉄の差が少なくなったため、基本的に新刀の地鉄は綺麗である。 新刀の祖は梅忠明寿と言われており、その弟子に肥前国忠吉がいる。

備前鍛治が壊滅状態に陥った事もあり、京都に近い美濃国から京都、近江、越前、尾張、大坂へと刀工が移住していった。中でも京都に入った兼道一族は、全国を転々とし京都堀川に居住した国広一派と技術交換含め、新刀期の技術的基礎を築いた。諸国の刀鍛治は両派のいずれかに入門し、身につけた技術を全国へ伝播していった。即ち、新刀の特色としては、美濃伝の特徴である「鎬地に柾目が流れる」ものとなる。徳川家康が越前下坂康継をお抱え工としているが、康継も美濃伝を受け継いでおり、一部地域を除いて、文字通り美濃伝が主流となった。これが新刀初期の実態である。

江戸時代に入り、朱子学の発想に基づく風紀取締りを目的として、武家の大小差し(打刀、脇差)の差し料の寸法、町人等の差し料の寸法が制定された。特に武家の大小差しの新規需要が多く、寛永から寛文、延宝にかけて各地の刀鍛治は繁栄し、技術水準も向上した。一方で幕末までの間、普段差しを中心に用いられる短刀の作刀は急激に減る。江戸初期に活躍した各地の著名刀工は以下の通り。北から 仙台・国包、会津・政長、兼定、江戸・越前康継(初、2代)・江戸石堂是一(初代)、相州・綱広、尾張・伯耆守信高(初代)・政常・氏房、加州・兼若、越前・下坂一派(忠国・重高・包則)、京・堀川派(国路・国安・国儔)・三品派(金道・吉道・正俊)、大坂・親国貞、紀州・重国・紀州石堂正俊、筑前信国派、福岡石堂一派(守次、是次)、肥前・忠吉一派(初代・忠廣)、薩摩・波平一派等である。寛文頃から江戸での鍛刀も盛んになるが、元和、寛永時期においては、京都、越前、美濃が中心地であった。
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武家文化の中心である江戸においては、幕府お抱え刀工である越前下坂康継一派が大いに活躍し、また、石堂(いしどう)と呼ばれる備前鍛治の末裔を名乗る刀工、室町期の法城寺(ほうじょうじ)派の末裔を名乗る刀工、武州土着の下原鍛治も出現し、お互い技量を高めた。また、天草の乱以降平和な時代が続き、寛文頃になると、剣術が竹刀による稽古中心となった影響で、竹刀に近い、反り浅く伏せごころで小切先詰まる刀が求められた。この姿を寛文新刀と呼び、江戸時代の刀剣の姿の代表である。寛文新刀の中心地は江戸であり、その武骨な姿が武芸者に好まれた。主な刀工としては、江戸越前康継(3代)・石堂是一(初、二代)・和泉守兼重、上総守兼重・大和守安定・法城寺正弘・八幡平高平・そして特に著名な長曾祢虎徹、奥里、奥正がいる。少し後れて、石堂派から日置光平、対馬守常光がいる。

2009年04月30日

耽羅(たんら)

耽羅(たんら)は朝鮮の済州島に古代から中世にかけて存在した王国である。百済、統一新羅、高麗に内属し、15世紀始め李氏朝鮮に完全併合された。耽牟羅、屯羅[1]などとも表記される。

耽羅の起源については太古の昔、高・梁・夫の三兄弟が穴から吹き出してきたとする三姓穴の伝説[2]もあるが、歴史的な記録としては3世紀の中国の史書『三国志』魏志東夷伝に見える州胡[3]が初見であり、韓族とは言語系統を異なるものとするのが通説である(これには異説もある)。

『三国史記』では耽羅が476年に百済の文周王に朝貢し[4]、498年に百済の東城王に服属した[5]とあるように、498年以後は百済に朝貢していた。しかし660年百済が唐軍の侵攻によって突如滅亡すると、耽羅は大混乱に陥った。662年には新羅に服属したとみられる[6]が、このとき唐から帰国する日本の遣唐使船がたまたま耽羅に寄港し、唐軍の侵攻を恐れる耽羅はしばらく日本に朝貢を送り続けたという記録が『日本書紀』にある。

予備校・ビジネススクール関連まなび学習ネット
観光・特産物関連バカンスネット
養毛・化粧品関連スキンケアリンクサイト
アフィリエイト・増客対策関連ビジネスジャンプCOM
暮らし・キャッシング関連ライフスタイルポータル情報
ハゲ治療・包茎関連医学トレンディ紹介
家電・癒し関連ショッピング全国情報ガイド
英会話・学習教材関連教育全国情報ガイド
交通・動物園関連宿泊タウンナビ
メイク・ネイルケア関連キレイ・美容検索エンジン

当時の記録によれば、耽羅には既にピョル主(ピョルチュ、별주)または星主(ソンジュ、성주)、王子(ワンジャ、왕자)または星子(ソンジャ、)、徒内(トネ、도내)と呼ばれる支配者が存在していた。これらの称号は新羅文武王が与えたとする文献もある。いずれにせよ、耽羅支配者のこのような称号は後世まで続いた。耽羅星主が筆頭格で、これを王とする。

935年に新羅が滅亡すると、耽羅はしばらく独立したが、938年には高麗に服属した。高麗は1105年に耽羅郡を設置し、1121年には済州と改称したが、星主、王子など旧来の支配者の称号は認めていた。元は高麗を制圧すると1274年に耽羅を直轄地にして牧場を置いたが、1294年に高麗に返した。

高麗に代わった李氏朝鮮は、1404年に星主、王子などの伝統ある称号を廃止し、1416年には済州牧使の下に県も設置した。これより内地(韓国では陸地という)と同様の地方支配体制となった。


2009年04月15日

ヨーロッパにおける同君連合

イングランド・グレートブリテン [編集]
イングランド王とノルマンディー公
ノルマン・コンクエストによりノルマンディー公がイングランド王を兼ねる(1066年 - 1154年)。
イングランド王としてはフランス王と対等だが、ノルマンディー公としてはフランス王の臣下(百年戦争の遠因)。
イングランド王とアンジュー伯
ノルマン朝の断絶によりアンジュー伯がイングランド王を兼ねる(1154年 - 1399年)。
イングランド王としてはフランス王と対等だが、アンジュー伯としてはフランス王の臣下(百年戦争の遠因)。
イングランド王とアイルランド王
イングランド王ヘンリー8世が1542年、それまでのアイルランド卿(Lord of Ireland)の称号に代えてアイルランド王を称した。1801年にグレートブリテンおよびアイルランド連合王国が成立するまで、歴代のイングランド王(のちグレートブリテン王)はアイルランド王を称した。
イングランド王とスコットランド王
スコットランド王ジェームズ6世が1603年、イングランド王ジェームズ1世として即位。1707年にグレートブリテン王国に統合されるまで、同一の君主がイングランド王とスコットランド王を兼ねる体制が続いた(ただし非公式には統合以前にもグレートブリテン王の称号が用いられた)。
グレートブリテン王とハノーファー選帝侯
(後にグレートブリテンおよびアイルランド連合王国国王とハノーファー王)
ハノーファー選帝侯ゲオルク1世が1714年、グレートブリテン王ジョージ1世として即位。1837年、サリカ法によってヴィクトリア女王はハノーファー女王に即位せず。
英連邦王国: グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国国王と元英国領の各国(カナダ・オーストラリア・ジャマイカなど)の元首
1931年にウェストミンスター憲章が公布され、当時自治領だったアイルランド自由国・カナダ(当時ニューファンドランドはカナダに非加盟)・オーストラリア・ニュージーランドと南アフリカが事実上独立。その後数々の変遷があり、2007年現在はグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国以外に15ヶ国が同国の国王を自国の国王としている(詳細は英連邦王国、エリザベス2世 (イギリス女王) を参照)。
イングランドは王朝が断絶した時に国外から王を迎えたことが多かったため、同君連合の形態が多い。

オランダ [編集]
イングランド王とオランダ総督(ネーデルラント連邦共和国)
オランダ総督・オラニエ公ウィレム3世がイングランド王ウィリアム3世として即位(1689年 - 1702年)。
当時のオランダは連邦共和国であり、厳密には「同君連合」とは言えないが、総督の地位はほとんどオラニエ=ナッサウ家が世襲していて、事実上は君主制に近かった。
オランダ王及びネーデルラント諸公(ネーデルラント連合王国) 1815年 - 1839年
オラニエ=ナッサウ家による非公式の同君連合。1830年、ベルギー革命によりベルギー離脱。1839年にベルギー独立承認及び諸公国の分裂により消滅。ルクセンブルク大公国のみ残留。
オランダ王とルクセンブルク大公 1815年 - 1890年(オラニエ=ナッサウ朝)
当初、ルクセンブルクは上記のネーデルラント連合王国の一部であり、実質的にオランダの1州として統治される物的同君連合の形態であった。ベルギーの独立によってオランダ本国とルクセンブルクが分断された1839年以降は人的同君連合に近づいた。

北欧 [編集]
イングランド王とデンマーク王(1018年 - 1035年)
デンマーク王とノルウェー王(1028年 - 1035年)
クヌーズ大王(在位1016年 - 1035年)による北海帝国
スウェーデン王とノルウェー王(1319年 - 1343年)
ノルウェー王とスウェーデン王(1362年 - 1364年)
デンマーク王・ノルウェー王
デンマーク・ノルウェー連合王国(1380年 - 1396年)
カルマル同盟、デンマーク=ノルウェーの前身。ノルウェー王位は1380年から1814年までデンマーク王家の下にあった。
デンマーク王・ノルウェー王・スウェーデン王
カルマル同盟による(1397年 - 1523年)
デンマーク王とシュレースヴィヒ公およびホルシュタイン公(1460年 - 1544年、1773年 - 1864年)(オルデンブルク朝 - グリュックスブルク朝)
デンマーク王とノルウェー王(1523年 - 1814年)(オルデンブルク朝、デンマーク=ノルウェー)
デンマーク王とアイスランド王(1918年 - 1944年)(グリュックスブルク朝)
デンマーク領だったアイスランドが自治権を次第に獲得し、完全独立に至る過程で王国の地位が与えられた。デンマーク王を共通の国王とし、外交権を事実上デンマークに委任していた。
スウェーデン王とフィンランド大公(1581年 - 1592年、1611年 - 1654年)(ヴァーサ朝、スウェーデン=フィンランド)
フィンランド南部を中心にフィンランド大公国を形成。ただし正式な国家ではなかった。後期は、ゴート主義による理念のみの大公であった。
スウェーデン王とポーランド王(1592年 - 1598年)(ヴァーサ朝)
スウェーデン王とヘッセン=カッセル方伯(1730年 - 1751年)(ヘッセン朝)
スウェーデン王とノルウェー王(1814年 - 1905年)(ホルシュタイン=ゴットルプ朝 - ベルナドッテ朝、 スウェーデン=ノルウェー)
北欧の諸民族は文化的、言語的にきわめて近しく、同一民族であるとする考えもある(19世紀にはドイツのように統一国家になることが真剣に検討されたほどである)ため、同君連合の形態が多い(汎スカンディナヴィア主義)。例えばドイツなどにおいて、領邦の封建君主が断絶したときに、領邦内の有力者を後継者とするより、ドイツ内の別の封建君主を後継者とすることが多かったことに似ている。実際には北欧においても、ドイツ系諸侯が国王に迎えられたことが少なくなかった。

ロシア [編集]
ロシア皇帝とフィンランド大公(1814年 - 1917年)
ロシア皇帝とポーランド王(1814年 - 1918年)

中東欧 [編集]
ハンガリー王とポーランド王(1370年 - 1382年)
ポーランド王とリトアニア大公
ポーランド・リトアニア連合(1386年 - 1569年、1569年 - 1795年)
※ただし正確には1430年 - 1569年。1430年までは国家連合。1569年にルブリン合同を結んだ事により、人的合同から物的合同へと変化する。以後は公式にはリトアニア大公を称していないが、連合王国は1795年にポーランド分割により消滅するまで続いた。
ポーランド王とハンガリー王(1440年 - 1444年)
ハンガリー王国とクロアチア諸侯(総督はバーン)
※ただしこれは、クロアチアの歴史家によるクロアチアの歴史観。
ザクセン公とポーランド王(1697年 - 1704年、1709年 - 1763年)
ザクセン王とワルシャワ公(1807年 - 1813年)

プロイセン [編集]
ブランデンブルク選帝侯とプロイセン公(1618年 - 1701年)
ブランデンブルク選帝侯とプロイセン王(1701年 - 1806年)
ドイツ皇帝とプロイセン王(1871年 - 1918年)
1415年に時の神聖ローマ皇帝ジギスムントからブランデンブルク選帝侯位を授けられたホーエンツォレルン家は、一族の1人が1525年に世俗化したプロイセン公国の君主となった。1618年、プロイセンのホーエンツォレルン家が断絶し、ブランデンブルク選帝侯ヨーハン・ジギスムントがプロイセン公を継承した。以後は両国を合わせてブランデンブルク=プロイセンと言う。ホーエンツォレルン家は1701年にプロイセン王の称号を獲得、その後強大化し、ドイツ統一の中心となって、1871年にドイツ帝国の皇帝となった。

スペイン・ポルトガル [編集]
スペイン王とポルトガル王 (1581年 - 1640年)
スペイン王とシチリア王及びナポリ王(16世紀 - 1700年)
※ただしこれは、正式な王位ではなく「副国王」の称号。
スペイン王国そのものもカスティーリャ王国、アラゴン王国、レオン王国、ナバラ王国、カタルーニャ君主国などの同君連合によって成立しており、カルロス1世からイサベル2世までの歴代の諸王は、正式にはそれら全ての君主であることを称していた(イサベル2世 (スペイン女王)#尊称を参照)。ハプスブルク家によるスペインとポルトガルの同君連合も、スペインによるポルトガルの併合というよりは、カスティーリャを中心とする連合王国にポルトガルも加わったという側面が強い。また、スペイン(エスパーニャ)という国名はラテン語のヒスパニアに由来し、元来はポルトガルを含むイベリア半島全域を指す地域名であった。

ポルトガル王とアルガルヴェ王(1385年 - 1910年)
ジョアン1世から最後の王マヌエル2世まで。
ポルトガル王とブラジル王(ポルトガル・ブラジル及びアルガルヴェ連合王国、1815年 - 1825年)

フランス [編集]
フランス王とナバラ王(1305年 - 1349年(カペー朝)、1610年 - 1792年、1814年 - 1830年(ブルボン朝))
フランス皇帝とイタリア王(ナポレオン1世、1805年 - 1814年)

イタリア [編集]
イタリア王とエチオピア皇帝(1937年 - 1941年)
イタリア王とアルバニア王(1939年 - 1943年)
イタリアはエチオピア侵攻後、同国に東アフリカにあった自国の植民地であるエリトリア・ソマリランドも含めてイタリア領東アフリカ帝国と呼称し、イタリア国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世が皇帝を兼ねた。ただしエチオピア皇帝ハイレ・セラシエ1世はこれを認めず、国際連盟においても見解が分かれた。アルバニアもエチオピアもイタリアの傀儡国家や植民地に過ぎず、第二次世界大戦でファシスト政権が敗北すると共に崩壊した。

ハプスブルク家 [編集]
ハプスブルク家は「オーストリア、汝は結婚せよ」という言葉が残されているほど、婚姻によって獲得した君主位、所領が非常に多かった。基本的には「オーストリア大公」となった者が神聖ローマ皇帝、ハンガリー王、ボヘミア王、ブルゴーニュ公等を兼ねたが、時代によってはこれらの地位を次期大公位継承者などに与えていたこともある。

ハプスブルク家がこのように多くの帝位、王位、大公位を併せ持ったのは、王国もしくは大公国の主権が王冠に属しているという観念を持っていたためである。合理的にその国の主権を得るためにその国の王冠を手に入れるという行為は非常に重要だったのである。

以下にカール5世とオーストリア=ハンガリー皇帝の例を上げる。カール5世だけは神聖ローマ皇帝位の他にスペイン王を兼ねている。この後ハプスブルク家はオーストリア系とスペイン系に分かれてそれぞれの皇帝位、王位を継承していく。オーストリア・ハプスブルク家は東に勢力を拡大し、ハンガリー王冠、ボヘミア王冠などを合わせていく。なお、これらの王位は18世紀末まで選挙王制であったため、婚姻関係という選挙に出られる権利よりも、在地の貴族層にいかに認められるかの方が重要であったと言える。

カール5世の例
神聖ローマ皇帝、スペイン王、オーストリア大公、ブルゴーニュ公、etc…(1519年 - 1556年)
オーストリア=ハンガリー帝国皇帝が即位した帝位、王位のイメージ
オーストリア皇帝
ボヘミア国王
etc…
ハンガリー国王
クロアチア国王
トランシルヴァニア大公

まっち棒 きたみ ショートス バルト デンバー トスタチン チップ はじめて ばんか カラー ニュー ラジウム アドミラル プロフィット ネリカ スレッド 恋草子 ラッカー プレミア コリック サーフス ケード アサイン サーチ大潮 リンガ メイリオ オブラー ソクラ コサック からし菜 パラリ ゲバ上位 ヌーデン セルフレジ 草枕 トング 夢の果て ホソル びわ検 ひつじの涙 チャイ ナッツ パー 対策リマ ブラボ タイム ラングーン メキシコ ハクサンイ かいらん

2009年03月31日

鏡里喜代治

鏡里 喜代治(かがみさと きよじ、本名:奥山 喜世治(おくやま きよじ)、1923年4月30日 - 2004年2月29日)は、青森県三戸郡三戸町出身の大相撲力士、第42代横綱。現役時代の体格は身長176cm、体重165kg。得意手は右四つ、寄り、上手投げ。

農家の三男だったが早くに父親を亡くし、母親を手伝っていたが、巨躯を知った同郷の元大関鏡岩の粂川が勧誘し入門、1941年(昭和16年)1月場所で初土俵を踏んだ。

1942年(昭和17年)の双葉山相撲道場(のちの時津風部屋)発足で粂川が弟子全員を双葉山に譲ったため移籍。初めは突っ張って前に出て残されれば左1本差しで寄るという速攻の取り口だったが、幕下時代不動岩との稽古で左膝に負傷、再起を危ぶまれたがどうにか回復しその後は組み止める取り口に変わった。東冨士にはよく稽古をつけられていたが、応召中に双葉山が東冨士に敗れるのを知るといつか東冨士を倒そうと心に決める。

1949年(昭和24年)10月場所でその東冨士から金星を挙げて恩を返す。この場所は前頭筆頭で12勝3敗、三賞制定後初の複数受賞(殊勲賞と敢闘賞)で翌場所から関脇。

1951年(昭和26年)1月場所後に大関昇進が決まった時には自分が大関に昇進するとは夢にも思っておらず、友人の見送りにやって来ていた東京駅の場内放送で呼び出されると慌てて時津風部屋に引き返したという逸話がある。

1953年(昭和28年)1月場所で初優勝、場所後に横綱推挙が決まるが相撲協会が横綱審議委員会に諮問せず推挙したため、周囲からは時期尚早の声も出た。入れ替わりに照國が引退。そのため、羽黒山、照國、東冨士、千代の山、鏡里の5横綱が並んでいる写真が存在する。

1955年(昭和30年)9月場所、1956年(昭和31年)1月場所と連覇、同年9月場所にも優勝、4回の優勝は全て14勝1敗であり次こそは全勝と言っていたが果たせなかった。それでも当時の横綱千代の山、吉葉山、栃錦、そして当時大関の若乃花といった上位陣との対戦はいずれも勝ち越しており実力のあるところを証明している。

右四つ得意で相手を組み止めると太鼓腹を活かして技を封じるのが得意なため、当時の技能力士は彼に苦戦したという。ただし大関時代に鳴門海との対戦で足の指を骨折して以来、苦手意識を持ってしまい3連敗したこともあった。

土俵入りは当然双葉山直伝だが、膝の故障の影響か師匠の再現とはいかなかった。だがその土俵入りは動く錦絵と呼ばれ人気は高かった。吉葉山との取組は明治の2代梅ヶ谷・常陸山の対決を彷彿とさせると人気があった。

1958年(昭和33年)1月場所、中日を終えて3勝5敗と非常に苦しい状況から吉葉山が引退するとマスコミは5勝3敗の鏡里に殺到した。この時鏡里は「10番勝てなかったらやめる」とだけ言って追い返した。これは、「横綱の責任を果たせなければやめる」と言ったのに、ある記者が「具体的にはどういうことか?」と食い下がったため、「10番勝てない時だ」と言ってしまったもの、ともいう。

結局この場所は13日目に負けて6敗になり、自ら目標と語った10勝は不可能になってしまったが、残りは見事に勝って9勝6敗、周囲からはまだ取れるとの声も多かったが、本当に引退してしまった。鏡里は大のマスコミ嫌いでこの時自分に殺到したことでそれがますます顕著になったという。一言で追い返したのはそれを表したのかもしれない。引退の理由には引際を重視する師匠の指導もあったと思われる。後に理事を務めたがあいかわらずマスコミとの接触は極端に嫌い、理事会でもマスコミが介入しそうな議題には徹底して反対した。いつのことかは不明だが、「儂はマスコミは嫌いだ」と言っていた。朴訥な人柄を反映してか方言が強く、インタビュアーは彼の言葉を聴き取るのに苦労したとも伝えられる。

双葉山が亡くなると一時的に時津風を襲名したが、結局後継者争いに敗れ、立田山(元大内山)二十山(元青ノ里)ら年寄4名を連れて立田川部屋をスタートし独立、部屋を消滅させることなく停年退職を迎えた。停年退職後脳梗塞を患ったことがあるが、元力士にしてはかなりの長寿で80歳まで生きた。

横綱としては83歳まで生きた梅ヶ谷に次いで史上第2位(当時。その後若乃花が抜いたため現在は3位)であるが、本人はもちろん記録更新を考えていた(80歳の誕生日を迎え傘寿祝いに「次の目標は?」との問いに対し「次は88歳の米寿」と答えた)し期待する声もあった。故郷三戸町では青森県初の横綱として名誉町民となっていた。
シャンツェ こせん スーフィ フォーミュ 枯葉の輪舞 ペーンイウ ハヤシライ テラー ミズナラ コード ナウル コメン すぎな 全国情報 黒皮かぼち バイオス 黄金魂 フィーン ハング 明日へ ダッカ がんばれ ダッキ ダーティ 首飾り ヌメア オンシー オーオー シンク フライシト ボヨール アングル モサド フローリス カーフス ハラン フラット りーすりん マテリア 八千代 えびす ストーン シイ人気 ゆうすい ジェション 優しい雨 ソフト ブロック アルジェ ウジュン

年表 [編集]
1941年 1月場所 - 初土俵
1945年11月場所 - 新十両
1947年 6月場所 - 新入幕
1951年 5月場所 - 大関昇進
1953年 1月場所 - 初の幕内最高優勝、場所後横綱昇進
1958年 1月場所 - 現役引退、同時に一代年寄「鏡里」を襲名、以降後進の指導に当たる。以降、「粂川」、「立田川」、「時津風」、「立田川」、「二十山」を襲名。
1988年 4月 - 停年退職

主な成績 [編集]
通算成績:415勝189敗28休(50場所) 勝率.687
幕内通算成績:360勝163敗28休 勝率.688
横綱通算成績:199勝88敗28休 勝率.693
優勝回数:4回
幕内在位:38場所(横綱昇進前に大関6場所、関脇4場所)
横綱在位:21場所
三賞:殊勲賞1回、敢闘賞1回
金星:2個(前田山、東冨士)
各段優勝:三段目1回(1943年1月場所)、序二段1回(1942年1月場所)

2009年03月17日

奈良公園の一部にまたがる旧境内

東金堂 
五重塔 
北円堂 
三重塔 
木造文殊菩薩坐像(東金堂) 
木造維摩居士坐像 定慶作(東金堂) 
木造四天王立像(東金堂) 
木造十二神将立像(東金堂) 
木造弥勒仏坐像 運慶作(北円堂) 
木造無著・世親立像 運慶作(北円堂) 
木心乾漆四天王立像(北円堂) 
木造不空羂索観音坐像 康慶作(南円堂) 
木造四天王立像(南円堂) 
乾漆八部衆立像 8躯(国宝館・旧西金堂) 
乾漆十大弟子立像 6躯(国宝館・旧西金堂) 
木造金剛力士立像 2躯(国宝館・旧西金堂) 
木造天燈鬼・龍燈鬼立像(国宝館・旧西金堂) 
木造法相六祖坐像 6躯 康慶作(国宝館・旧南円堂) 
板彫十二神将像(国宝館・旧東金堂) 
銅造仏頭(国宝館・旧東金堂) 
木造千手観音立像(附:像内納入品)(国宝館・旧食堂) 
金銅燈篭 
梵鐘 
華原磬 
日本霊異記上巻 
興福寺金堂鎮壇具 - 1884年(明治17年)に発掘された鎮壇具の大部分は東京国立博物館の所蔵になっている。興福寺所蔵分は銀器、水晶玉など21点。

重要文化財 [編集]
(建造物)
大湯屋
南円堂
(彫刻)
木造薬王菩薩・薬上菩薩立像(中金堂) 
木造四天王立像(中金堂) 
銅造薬師如来及び両脇侍像(東金堂) 
木造阿弥陀如来坐像(菩提院大御堂) 
木造阿弥陀如来坐像(国宝館) 
木造釈迦如来坐像(国宝館) 
木造薬師如来坐像・像内納入品(薬師経)(国宝館) 
木造仏頭(附:仏手2箇)(国宝館・旧西金堂本尊) 
木造飛天・化仏 11躯(飛天8、化仏3)(国宝館・旧西金堂本尊光背付属) 
木造帝釈天立像(国宝館)- 寺では「梵天像」と称している。 
木造梵天・帝釈天立像(国宝館) 
木造地蔵菩薩立像(国宝館) 
厨子入木造弥勒菩薩半跏像(附:像内納入品)(国宝館) - 大乗院持仏堂旧所在 
厨子入木造吉祥天倚像(国宝館) 
銀造仏手(国宝館) 
木造大黒天立像(奈良国立博物館寄託) 
木造広目天立像(奈良国立博物館寄託) - 四天王のうちの1体。残り3体は滋賀・MIHO MUSEUM(持国天)及び奈良国立博物館(増長天・多聞天)所蔵。 
木造聖観音立像(弥勒菩薩立像)快円作(本坊持仏堂)
木造釈迦如来立像(1929年盗難) 
(参考)広島県尾道市(生口島)の耕三寺所蔵の木造釈迦如来坐像(1901年重文指定)はもと興福寺にあり、第二次大戦後に耕三寺に移ったものである。
ドール ワーカー イエロー コヒル ナツメグ トリックス パントリ スプーン パハク ツイン イートイ しゃみ プリズム リンゴ ストロベ チュー オムライス 冒険家 サイメッ チュートリ チョン フェニ キャン ファンブル フィス サザン ビエラ デパー 木綿のハン コイズ ラウンド ジンコール パフス マザー オシレー にっけ ベンチ こかげ チョッキ 日本全国 ユニタ タグカード オプテ ユトレ アドイン フリゲート 極楽トンボ トルリン ワスレナ フェミ

(絵画、書籍ほか)

絹本著色慈恩大師像 
絹本著色慈恩大師像 
絹本著色淄州(ししゅう)大師画像 
絹本著色二天王画像 
護法善神扉絵 12面
細字(さいじ)法華経 
経典釈文断簡 
成唯識論(じょうゆいしきろん)巻十 
講周易疏論家義記断簡 
大慈恩寺三蔵法師伝 10巻 
造興福寺記 
僧綱補任 6巻
紺紙金字成唯識論 9巻 
明本抄 
延暦寺智行高僧伝 
左府抄 3巻 
金剛般若波羅蜜経 
聖徳太子伝暦 4帖 
篳篥譜(ひちりきふ) 
興福寺別当次第 6巻
宋版一切経 4,354帖 
春日版版木 2,778枚

2009年03月01日

1992年03月号:『鬼太郎国盗り物語』

1990年11月号 - 1992年03月号:『鬼太郎国盗り物語』:水木しげる
1990年11月号 - 1994年09月号:『OH!MYコンブ』:秋元康、かみやたかひろ
『V8キッド』:もとはしまさひで
『F1パイロット赤い稲妻ダン』:岩田和久
『タマロイド 超Cガンダム』:神矢みのる
『とんねるずのみなさんのおかげです』:かみやたかひろ
久兵衛 弁慶国内 ユニット ノール とうもろこし レーズン おっくう ジャル パイダー デザート カメオ 四ツ溝柿 ドヤム ハマー ジグ ブルー フライス デリー トレイル 養老 チロリ パンテ スパイラル ティッカー イール シドニー ハナタ フィッ ノンド キーロガー シャワ バクー国内 プレーヤー ピエタ タリン 白い香 オリーブ ライプ カップル 眠り姫 ネブラ リンス 待ちぼうけ ワースト スマート フリーレ ドックス デッサン ズバー

『天空の勇者ナン魔クエスト』:水谷謙之助
1991年01月号 - 1991年05月号:『機動戦士ガンダムF91』:矢立肇、富野由悠季、井上大助
1991年02月号 - 1991年07月号:『マホマホ!』:おうたごさく
1991年04月号 - 1998年02月号:『はつらつオロナミン学園』:田森庸介
『ゲンジ通信あげだま』:西東栄一
『MR.マサシ』:赤塚不二夫
『がんばれゴエモン』:帯ひろ志
『NG騎士ラムネ&40』:よしむらひでお
1991年10月号 - 1992年01月号:『マリオオープンゴルフ』:本山一城
『仮面ライダーSD』:あおきけい
『丸出だめ夫』:森田拳次、森林テツ
『アスミッくんランド』:よしむらひでお
『RPG伝説ヘポイ』:小早川薫、神田正宏
『聖戦士ロビンJr.』:おうたごさく
『平成学園DC 爆風ドッジ』:森浩美、村上としや
『爆風ドッジ2 竜太激闘編』:森浩美、村上としや
『カードダス少年団』:細井雄二
『ガンドランダー』:友杉達也
『甲竜伝説ヴィルガスト』:すみだひろゆき
『バトルドッジボールII』:ときた洸一
『ガイアセイバー』:ときた洸一
『パラソルヘンべえ』:藤子不二雄
『遠山の金ちゃん』:板井れんたろう
『バトルサンダー』:島本和彦
『スーパーバーコードウォリアーズ』:大和海人、はやさかゆう
『どすこ〜い!勝五郎』:柴山みのる
『ロックマン4』:池原しげと
『ロックマン5』:池原しげと
『ヨッシーのたまご』:本山一城
『恐竜アーミーおたすけ隊』:石川賢
1992年07月号 - 2001年03月号:『ウルトラ忍法帖シリーズ』:御童カズヒコ
1992年09月号 - 1993年02月号:『SD三国志』:桜多吾作
『スーパーバーコードウォリアーズ』:はやさかゆう
1993年02月号 - 1993年08月号:『コズモギャングスワールド コズモポリスアンタッチャ』:はまだよしみ
1993年03月号 - 1993年09月号:『餓狼伝説』:細井雄二
1993年03月号 - 1994年03月号:『SDガンダム外伝 機甲神伝説』:ほしの竜一
1993年04月号 - 1993年08月号:『疾風!アイアンリーガー』:友杉達也
1993年04月号 - 1994年03月号:『機動戦士Vガンダム』:岩村俊哉
1993年00月号 - 1994年08月号:『がんばれゴエモン2〜奇天烈将軍マッギネス〜』:帯ひろ志
1993年05月号 - 1997年03月号:『ウルトラマン超闘士激伝』:栗原仁
1993年09月号 - 1994年02月号:『トリフ』:計奈恵
1993年09月号 - 1995年05月号:『ゲームウルフ隼人』:きのした昭司
1993年09月号 - 1997年04月号:『DANDANだんく!』:とだ勝之
1993年09月号 - 1994年12月号:『ロックマン6』:池原しげと
1994年01月号 - 1998年08月号:『ロックマンX』:岩本佳浩
1994年03月号 - 1995年09月号:『戦え!? バトンQ』:あおきけい
1994年03月号 - 1995年12月号:『Jキッズ牙』:はやさかゆう
1994年04月号 - 1995年01月号:『新SDガンダム外伝 魔龍ゼロの騎士伝』:ほしの竜一
1994年04月号 - 1995年04月号:『機動武闘伝Gガンダム』:ときた洸一
1994年05月号 - 1994年07月号:『スーパーマリオ ワリオの森』:本山一城
1994年06月号 - 1994年11月号:『ミュータントタートルズ3』:みかえるはーと
1994年08月号 - 1994年12月号:『スーパーマリオ DONKEY KONG』:本山一城
1994年08月号 - 1995年04月号:『4コマ指令 X-MEN』:緒方信
1994年08月号 - 1998年04月号:『カッピー』:みながわまさゆき
1994年09月号 - 1995年10月号:『がんばれゴエモン3〜獅子重禄兵衛のからくり卍固め〜』:帯ひろ志
『ストII 4コマ笑龍拳』:よしむらひでお
1994年12月号 - 1998年04月号:『プラモウォーズ』:今木商事
1995年01月号 - 1995年02月号:『ロックマンを作った男たち ロックマン誕生伝説』:有賀ヒトシ
1995年01月号 - 1995年08月号:『SUPER DONKEY KONG with マリオ』:本山一城
1995年02月号 - 1995年05月号:『痛快ロボット活劇 バトルスキッパー』:立石良雄、土信田和幸
1995年02月号 - 1996年01月号:『新SDガンダム外伝 黄金神話』:ほしの竜一
1995年03月号 - 1996年08月号:『ロックマン7』:池原しげと
1995年04月号 - 1995年12月号:『運の王様』:水谷謙之介
1995年04月号 - 1998年05月号:『王ドロボウJING』:熊倉裕一
1995年05月号 - 1996年02月号:『新武者ガンダム 超機動大将軍』:神田正宏
1995年05月号 - 1996年04月号:『新機動戦記ガンダムW』:ときた洸一
1995年05月号 - 1996年05月号:『ストリートファイターII V烈伝』:馬場康誌(当時は「馬場康士」名義)
1995年05月号 - 1998年03月号:『へろへろくん』:かみやたかひろ
1995年06月号 - 1995年12月号:『ミュータントタートルズ95』:緒方信
1995年06月号 - 1996年01月号:『餓狼伝説3』:細井雄二
1995年09月号 - 1996年06月号:『スーパーマリオ ヨッシーアイランド』:本山一城
1995年09月号 - 1998年03月号:『みなさ〜ん!ボンバーマンですヨ!!』:佐藤元
1995年11月号 - 1996年11月号:『がんばれゴエモン きらきら道中〜僕がダンサーになった理由〜』:帯ひろ志
1995年11月号 - 1996年11月号:『それいけカリポテマン』:かみやたかひろ
1996年01月号 - 1996年10月号:『ミュータントタートルズ96』:緒方信
『すげすげ凄芸コマC学園』:あおきけい
1996年02月号 - 1997年12月号:『コングルGood』:きむらひろき
1996年02月号 - 1996年11月号:『新SDガンダム外伝 鎧闘神戦記』:ほしの竜一
1996年02月号 - 1997年01月号:『ギャグギャグ 大貝獣物語II』:御童カズヒコ
1996年03月号 - 1996年12月号:『超武者ガンダム 武神輝羅鋼』:神田正宏
1996年03月号 - 1998年12月号:『おきらく忍伝ハンゾー』:山中あきら
1996年05月号 - 1997年02月号:『機動新世紀ガンダムX』:ときた洸一
1996年05月号 - 1998年02月号:『ストゼロ百裂ギャグ』:よしむらひでお
1996年07月号 - 1997年02月号:『江戸川探偵組』:神矢みのる
1996年07月号 - 1998年09月号:『スーパーマリオ64』:本山一城
1996年11月号 - 1998年04月号:『海の大陸NOA』:じゅきあきら
1996年11月号 - 1997年06月号:『次元探偵ダッチマン』:あおきけい
1996年12月号 - 1997年04月号:『がんばれゴエモンふぃ〜ばぁ』:帯ひろ志
1996年12月号 - 1997年12月号:『SDガンダム聖伝』:ほしの竜一
1997年01月号 - 1997年12月号:『超武者ガンダム 刕覇大将軍』:神田正宏
1997年02月号 - 1998年03月号:『ロックマン8』:出月こーじ
『ぷよぷよ大行進!』:平野豊
1997年05月号 - 1997年07月号:『がんばれゴエモン〜宇宙海賊アコギング〜』:帯ひろ志
1997年05月号 - 1998年02月号:『ロックマンMANIAX』:有賀ヒトシ
1997年05月号 - 1998年03月号:『新機動戦記ガンダムW G-UNIT』:ときた洸一
1997年06月号 - 1997年09月号:『学校の怪談3』:冬凪れく
1997年06月号 - 1998年04月号:『デジバスター零』:坂本みのる
1997年06月号 - 2003年07月号:『メダロットシリーズ』:ほるまりん
1997年09月号 - 1998年09月号:『がんばれゴエモン〜ネオ桃山幕府のおどり〜』:帯ひろ志
1997年09月号 - 2001年12月号:『サイボーグクロちゃん』:横内なおき
1998年01月号 - 1998年12月号:『超武者ガンダム 天星七人衆』:神田正宏
1998年02月号 - 1998年07月号:『SDガンダム列伝 ガンダム騎士団パワーズ』:ほしの竜一
『アニメがんばれゴエモン』:こーた
1998年03月号 - 1998年06月号:『パロディギャグ競作 スーパーロボット大戦F』
1998年03月号 - 1998年06月号:『スーパーロボット大戦F リアルストーリー』:おーくらやすひろ
1998年03月号 - 1998年07月号:『ザ・キングオブファイターズ京』:夏元雅人
1998年03月号 - 2003年03月号:『新人まんが大賞 募集まんが!』:熊沢智道
1998年04月号 - 1998年08月号:『新機動戦記ガンダムW Endless Waltz』:ときた洸一
1998年04月号 - 1998年09月号:『ポケットファイター』:よしむらひでお
1998年04月号 - 1999年01月号:『ロックマン&フォルテ』:出月こーじ
1998年05月号 - 1998年10月号:『超凄芸コマC学園 バトルトップ』:あおきけい
1998年05月号 - 2002年08月号:『特上へろへろくん』:かみやたかひろ
1998年07月号 - 1999年02月号:『ビーストウォーズII』:今木商事
1998年07月号 - 2000年07月号:『メダロッターりんたろう』:藤岡建機
1998年08月号 - 2001年12月号:『召喚王レクス』:原裕朗/公弥杏捺
1998年08月号 - 2003年03月号:『ロボットポンコッツシリーズ』:タモリはタル
1998年09月号 - 1999年05月号:『ゲームソフトをつくろう』:こーた
1998年10月号 - 1999年02月号:『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』:ときた洸一
1998年10月号 - 1999年12月号:『小さな巨人ミクロマン』:松本久志
1998年10月号 - 2000年05月号:『ガンプラ甲子園』:帯ひろ志
1998年11月号 - 1999年05月号:『闘神デビルマン』:岩本佳浩
1998年11月号 - 1999年05月号:『ボンバーマン バクレツ学校大戦争』:カイマコト
1998年11月号 - 1999年07月号:『写ゲキBOYシュート』:一式まさと
1998年12月号 - 1999年05月号:『時空探偵ゲンシクン 進め!ジクモン探偵団 』:山中あきら
1998年12月号 - 1999年11月号:『ゲキタマン』:あおきけい
1999年01月号 - 1999年12月号:『超武者ガンダム ムシャ戦記 光の変幻編』:神田正宏
1999年02月号 - 1999年07月号:『がんばれゴエモン 危機一髪ハラハラてんこ盛り道中記』:山藤ひろみ
1999年03月号 - 1999年10月号:『ビーストウォーズネオ』:今木商事
1999年04月号 - 1999年09月号:『パワーストーン』:出月こーじ
1999年05月号 - 2000年04月号:『∀ガンダム』:ときた洸一
1999年05月号 - 2000年10月号:『超ガンプラテクニック講座』:まつどひろゆき
1999年06月号 - 2000年02月号:『ぐるぐるガラクターズ』:熊沢ユキオ
1999年06月号 - 2000年06月号:『機天烈少年's』:きむらひろき
1999年06月号 - 2000年07月号:『激釣人ランカれボーズ』:はやさかゆう
1999年07月号 - 2003年09月号:『ニセモン』:山中あきら
1999年09月号 - 2000年02月号:『バカ殿様でございます』:カイマコト
1999年10月号 - 1999年12月号:『BB戦士暴れん坊大将軍』:あおきけい
1999年10月号 - 2000年01月号:『サンライズ英雄大戦』:神矢みのる
1999年10月号 - 2000年10月号:『格闘料理伝説ビストロレシピ』:津島直人
1999年11月号 - 2000年04月号:『レレレの天才バカボン』:赤塚不二夫
1999年11月号 - 2000年04月号:『ごぞんじ!月光仮面くん』:御童カズヒコ
1999年11月号 - 2000年04月号:『ビーストウォーズメタルス』:今木商事
1999年11月号 - 2001年08月号:『ハダカ侍』:サダタロー
1999年12月号 - 2000年02月号:『ザ・グレイトバトル』:おーくらやすひろ

2009年02月11日

BALDR FORCE

そこはコンピューターが作り出した架空ネット世界。主人公相馬透はハッカー集団「ステッペンウルフ」として、戦闘用ツール、通称『シュミクラム』を扱うハッカーとして暮らしてきた。だが「ステッペンウルフ」は解散することになり、最後のハッキングとして軍に侵入するが、そこへテロ組織が奇襲を仕掛けてきた。軍とテロ組織の戦闘に巻き込まれ、親友である野々村優哉を死なせてしまった主人公は仇をとると復讐を誓う…。
とまま 月の微笑 アテンポ アトゥドア トリビュ ブイWEB イアリン リスト タンザ マルチ ティック ガーナ デジャブ ぴっこ エミュー レーター マルク レンジャー チータ リーシム タカス イミング チャー オペレ トサミズ イチョウ ワラント ギアサン ミヤマ 一意専 ツァーリ テーマ ネメシア チャック プラグ フレンドリー キープトコ えいち リユース パラソル みるいろ ミル スキーヤー ダイウェブ フリータ カツラ ブラジル レジデント パテ シマル

ゲームシステム
主人公、相馬 透のシュミクラムを操り、敵を殲滅させるのが主な目的。

このゲームの特徴は、何種類もの兵器(武器)をシュミクラムに武装させることにより、様々な攻撃が可能。搭載させる兵器によって、オリジナルコンボを組めるのがこのゲームの魅力ともいえる。

兵器には通常技(打撃・補助)と必殺技があり、使用する際にゲージを消費する。メータが限界まで達するとゲージが減少するまでの間、一時的に使用不可能になる。兵器によって、ゲージの減少率に違いがあり、どのように兵器を組み合わせるかがこのゲームの勝敗を分ける。

なお、戦闘を重ねる度に、所持している兵器のレベルが上昇したり、新たな武器が使用できるため、やりこみ要素も高い。

ちなみにシュミクラムに対する個別の名称は存在せず、「透シュミクラム」や「透機」といった呼び方になる。

登場キャラクター
※キャストは左からPC&DC/PS2/OVAの順

草原の狼(ステッペンウルフ)
相馬 透(そうま とおる) (声:なし/石田彰/鈴村健一)
主人公。ハッキングチーム「ステッペンウルフ」の元メンバー。ハッキング、シュミクラムの操作共に凄腕と称されるほどで、特にシュミクラムを扱う能力に長けている。ハッカーの間での知名度も高く、軍入隊後に出会うハッカー上がりの同僚も透の名を知っていた。クールで何事にも冷めた態度で示すが、内には熱い感情も備え持つナイスガイ。
劇中で操作するシュミクラムは仲間と共に組み上げたもので、民間仕様とは思えないほどのカスタマイズが施されている。
笹桐 月菜(ささぎり つきな)(声:芹園みや/川澄綾子/佐藤利奈)
「ステッペンウルフ」の元メンバー。明るく元気な娘。透達とは幼馴染の関係にあたる。世話好きな性格で、だらしない透の私生活にいつも世話を焼いている。ステッペンウルフではサポートを担当。過激になってきたチームの活動に不安を感じていた。
優哉の死後、橘玲佳の紹介を経てネット内民間警備会社VSSの社員となる。
野々村 優哉(ののむら ゆうや)(声:山口一樹/三木眞一郎/高橋広樹)
「ステッペンウルフ」のリーダーにして主人公の親友でもあった。ハッカー稼業から足を洗い、透と共に起業するつもりでいたが、軍とテロ組織の抗争に巻き込まれ死亡する。
二階堂 あきら(にかいどう あきら)(声:神無月季/保志総一朗/伊藤健太郎)
元「ステッペンウルフ」のメンバー。腕のいいクラッカー。お調子者でややノリが軽い。優哉の死後、懲役刑が下され刑務所へ入所したが、刑務所を襲撃したテロ組織「フェタオ」に拾われテロリストとなる。
とあるルートで「ツケノタブルミガホア」(後ろから読むと‘アホガミルブタノケツ”→‘アホが見る豚のケツ”)という嘘の奇病を用いてリャンとともに透をFLAKから奪取するエピソードからも彼の性格が伺える。

国連軍治安維持局(FLAK)
瀬川 みのり(せがわ みのり)(声:武下真奈美/福井裕佳梨/中原麻衣)
情報管理係第一小隊でサポートを務める。しっかり者で生真面目。軍には似つかわしくないおっとりとした人物で、教師を目指していた過去を持つ。両親、兄弟共に健在だが、大学中退後、軍に籍を置いてからは疎遠となっている。
EDは2種類存在するが、双方とも真実から一番遠いものとなっている。
紫藤 彩音(しどう あやね)(声:坂本翔子/根谷美智子/生天目仁美)
情報管理係第一小隊のパイロット。スコアはトップクラスで軍のエースパイロット。自己中心的な行動が多く、作戦中も勝手に単独行動を行うなど問題が多い。テロ組織に対して過剰ともいえる敵意を抱いている。
軍に在籍する前はVSSで勤務した。電脳世界でゲンハによって拉致され、救出に向かった弟(当時、FLAK在籍)を目の前で惨殺されるという悲惨な過去を背負っている。
カイラ・キルステン(声:渡辺さとみ/水野愛日/伊藤静)
情報管理係第一小隊のパイロット。何事にも楽観的に物事を考えているが、仲間想いの性格でありメンバーを大切にする気持ちは人一倍強い。男好きな性格で豊満な体を持ち、度々透を誘惑してくる。下着姿のだらしない格好で基地内をうろつくため、みのりに咎められている。
彼女もかつて「チェリーボム(童貞殺し DC、PS2では初心者殺し)」という通称でネット世界を荒らしていたとかいないとか。
リバイアサン事件後は、中隊長(PC、OVA共に)と昇格している。
柏木 洋介(かしわぎ ようすけ)(声:秋田邦彦/平川大輔/小野大輔)
情報管理係第一小隊のパイロット。昔ハッカー集団「ナッツクラッカー」の一員としてハッカーをしていた。出会って間もない透を「相棒」と呼び、気さくな性格が伺える。自他共に認める女好きで、食堂の女の子に口を利いてこっそり酒類を調達したり、部屋に女を連れ込んだりしている。趣味の悪い玩具で初対面の人や新人を驚かすことが好きで、度々カイラに呆れられている。
八木澤 宗次(やぎさわ そうじ)(声:佐倉徹/大林隆介/辻親八)
情報管理係第一小隊の隊長。普段は昼行灯を装っているが素性はかなりの切れ者であり、時折に鋭い言動をみせる。現在は指揮を取っておりシュミクラムに乗ることはないが、過去には優れたシュミクラム使いだった。
権堂 厳(ごんどう げん)(声:竹本英史/成田剣/西村知道)
治安維持局長官。自分の現在の地位に不満を持っている。

飛刀(フェタオ)
クーウォン(声:リッキー力/大塚明夫/藤原啓治)
テロ組織「フェタオ」のリーダー。組織内での人望は厚く、信頼されている。
リャン(声:桜木あおい/能登麻美子/水樹奈々)
テロ組織「フェタオ」のメンバーで主にサポートメイン。武術が得意なチャイナ服少女。明朗快活で素直な性格で、フェタオのアイドル的存在である。誰とでも気兼ねなく接しているがいつも卑猥な言動で執拗に迫ってくるゲンハに対し嫌悪感を抱いている。
ゲンハ(声:鳥山朋一/千葉繁/高木渉/)
テロ組織「フェタオ」のサブリーダー。切れ上がった細い目に蛇の様な長い舌、ひょろりとした体に着物をまとい髪型はアフロヘアーと、歌舞伎者を思わせる異様な風貌をした男。独自の思想や美学を持ち、殺戮と破壊、拷問や強姦を楽しむ狂人。シュミクラムの操縦技術は高く、「フェタオ」メンバーの中でも群を抜いている。
ちなみにどのルートにおいてもゲンハと戦闘することになり、ルートによっては複数回闘うことになるので、登場人物中最も戦闘する回数が多い。
常人離れした身体能力や、人を苦しめることでしか喜びを得ることができない人格には彼の出生に関係があった……。

その他
橘 玲佳(たちばな れいか)(声:阿藤魁弥/田中敦子/大原さやか)
民間警備会社VSSの最高経営責任者にて社長という地位を持つ。外見は若く見える。
バチェラ(声:鮎川守/桃井はるこ/桑島法子)
「ステッペンウルフ」と共に行動していた凄腕のハッカー。仲間であった「ステッペンウルフ」にすら姿を見せなかった謎の多い人物。
OVAでは性格や言葉遣いが少々荒々しくなっている。
水坂 憐(みずさか れん)(声:まきいづみ/野川さくら/下屋則子)
ネット上に出現するといわれる電子体幽霊(ワイヤード・ゴースト)。その姿は純粋で無邪気な少女。

2009年01月24日

純然たる重火力支援機として捉えるべき機体


サクソニ ルンバー ソブー ミルク てやり ライフ レビス 待ちぼう マジシャン 青春 オーバ フェー スクリュー ディトム チグリ ファーレ レギュレ レゾナ クホス フェムド オタク サテュロス マキシ るもい ステッチ チヂミ ボート トップ ジャッ 大同情報 ジュラル ストロ カバオ ルビー ブロー キング イラマチオ 月夜の オブシデ ジップ ギモーブ マッチ 幸運快適 つる菜 ラナイ メコン リイシュー スラッシ ローテー だて
第一次ネオ・ジオン抗争にて活躍することになるフルアーマーΖΖガンダムと外観は酷似しているが、根本的には異なった存在である。ガンダムタイプには分類されるものの、純然たる重火力支援機として捉えるべき機体であり、格闘戦には不向きだが、長距離からの火力戦闘においては強力な性能を発揮する。バックパックに装備されるハイパー・メガ・カノンはΖΖガンダムの頭部ハイメガ・キャノンよりも強力であり、モビルスーツが単体で携行できる兵装としては、当時最高水準の出力を誇る。

コクピットには新開発のアームレイカーが搭載され、複雑な火器管制システムの簡便化を図っている。また、試験が目的の機体であり、機体性能自体もオリジナルのΖΖガンダムに比べ抑えられているため、新兵による操縦は可能である。

なお、FAZZには頭部やバックパックなどにフルアーマーΖΖガンダムとの外観上の差異が若干存在するが、それらの部位にはΖΖガンダムの設計に際し、社内コンペに敗れたモデルが流用されていると言われている。変形機構やコア・ブロック・システム、頭部ハイメガキャノンの省略故、機体の完成はΖΖガンダムの半年近く前であった。

同機はニュー・ディサイズ決起の際に3機がα任務部隊に配備され、戦力として用いられると共に実用評価試験が行われたが、エアーズ市の攻防戦においてガンダムMk-Vと遭遇、同機のパイロットブレイブ・コッドの圧倒的な技量の前に全機が撃墜された。この際、04号機のシン・クリプトは脱出に成功したものの、05号機のジョン・グリゾム、06号機のロバート・オルドリンの両名が戦死している。

武装
ダブル・ビーム・ライフル(出力不明)
ΖΖガンダム / フルアーマーΖΖガンダムの主兵装となるダブル・ビーム・ライフルは、FAZZでは副砲としての機能を担う。オリジナルに比べて出力は抑えられている模様である。手持ちでの運用は想定されておらず右前腕にコネクターを利用して接続する方式になっているが、これはハイパー・メガ・カノン射撃時に砲身を右腕で保持する必要があるための措置。
背部ビーム・カノン(出力12MW)
エネルギーCAPを用いた大口径ビーム兵器。比較的コストパフォーマンスが高く、Sガンダムに装備されるものと同一のもの。但し、フルアーマーΖΖガンダムとは異なり、ビームサーベルとしての機能は持たない。
ハイパー・メガ・カノン(出力79.8MW)
FAZZの主兵装である強大な火器。ΖΖガンダムの頭部ハイメガキャノンの約6割増しの出力を持ち、数秒のインターバルで連射が可能。ただし、発射可能数は多くなく、機体のジェネレーターにかかる負担も大きい。戦況によっては基部ごと排除し、ダブルビームライフルをメインとした高機動戦闘に移行することも可能。

メカニックデザインはカトキハジメ(頭部デザインのみあさのまさひこ)で、ZZガンダムに白装束を着せたようなデザインとなっている。当初はフルアーマーΖΖガンダムと明確に区別されていなかったため、FA-010Bという型式番号であったが、後に変更されている。詳しくはフルアーマーΖΖガンダムの項を参照。元デザインが明貴美加デザインのフルアーマーΖΖガンダムのリファインある為に明貴デザインと誤解されやすい。

プロトタイプΖΖガンダム
プロトタイプΖΖガンダム(プロトタイプダブルゼータガンダム、PROTOTYPE ΖΖ-GUNDAM、PROTOTYPE DOUBLE ZETA GUNDAM ) は、バンダイ発行の雑誌「SDクラブ」の雑誌企画『大河原邦男モビルスーツコレクション』(M-MSV) に登場する、エゥーゴの試作型分離合体可変型MSである。(型式番号:MSZ-009)

機体解説
機体諸元 プロトタイプΖΖガンダム
型式番号 MSZ-009
所属 エゥーゴ
建造 アナハイム・エレクトロニクス社
生産形態 試作機
頭頂高 19.02m
本体重量 29.5t
全備重量 60.3t
ジェネレーター出力 3,140kW
スラスター総推力 100,300kg
センサー有効半径 15,480m
装甲材質 ガンダリウム合金
武装 ダブルキャノン
シールド×2

主な搭乗者 イブン
アイン・ラベル
マイク・シュミット
エゥーゴとアナハイム・エレクトロニクス社による共同開発計画「Ζ計画」の一環として開発された機体。後続機であるΖΖガンダムの前身と言える機体であり、Ζガンダムの設計思想を進めた合体・変形機構を有する。

本機はコア・ファイターをシステムに組み込んでおらず、Gフォートレスが上下に分離しGトップ0型、Gベース0型の2機の戦闘機となる。試験機であるため、武装はバックパックに装備されたビームキャノン2門のみである。2機が製造され、うち1機はB型へと換装された。

劇中での活躍
講談社の雑誌「ガンダムマガジン」第3号掲載の漫画『ガンダム伝説』第3弾『始動せよ!ΖΖガンダム!!』(みやぞえ郁雄著)では、アナハイム・エレクトロニクス社のレシル博士により開発。テストパイロット・イブンにより初の有人実験が行われるが、制御できず暴走。イブンはコア・ファイターで駆けつけた整備士である兄アーリーの手により救出された。この実験結果により、ΖΖガンダムにはコア・ブロック・システムが搭載されることになったが、設計を大幅に見直したため開発が遅れてしまい、グリプス戦役中の実戦投入は不可能となってしまった。

また、「SDクラブ」掲載の短編小説『モビルスーツコレクション・ノベルズ』Act.3「宇宙の咆哮」では、エゥーゴのアイン・ラベル准尉とマイク・シュミット中尉によるテスト中にティターンズの部隊と遭遇。戦闘の最中にドッキングするが、武器を持っていなかったため格闘戦を行う。新型のビームライフルを受け取るが試作品のため、わずか4度の射撃で右腕とともに爆発をしてしまった。

小林誠のデザインしたΖΖガンダムの初期設定を基に大河原邦男がデザインした。型式番号はMS21009と誤記されたこともある(講談社の雑誌「ガンダムマガジン」)。

プロトタイプΖΖガンダム B型
プロトタイプΖΖガンダム B型(プロトタイプダブルゼータガンダム ビーがた、PROTOTYPE ΖΖ-GUNDAM B-TYPE: PROTOTYPE DOUBLE ZETA GUNDAM B-TYPE ) は、バンダイ発行の雑誌「SDクラブ」の雑誌企画『大河原邦男モビルスーツコレクション』(M-MSV) に登場する、エゥーゴの試作型分離合体可変型MSである。(型式番号:MSZ-009BあるいはMSZ-009-2)。

機体解説
機体諸元 プロトタイプΖΖガンダム B型
型式番号 MSZ-009B (MSZ-009-2)
所属 エゥーゴ
建造 アナハイム・エレクトロニクス社
生産形態 試作機
頭頂高 19.02m
本体重量 31.7t
全備重量 63.0t
ジェネレーター出力 7,200kW
スラスター総推力 100,300kg
センサー有効半径 15,480m
装甲材質 ガンダリウム合金
武装 ハイメガキャノン
ハイパービームサーベル×2(ダブルキャノンを兼ねる)
シールド×2
ダブルビームライフル

プロトタイプΖΖガンダムの2号機に新型のジェネレーターを搭載した機体。これにより、機体を大型化することなく、出力は倍以上の7,200kWにまで向上した。

これに併せ各種武装が追加され、運用試験が行われた。頭部は試作型のハイメガキャノンを装備したものに、バックパックのビームキャノンはハイパービームサーベルとしても使用可能なものに換装された。更に試作型のダブルビームライフルを携行する。

型式番号は本来MSZ-009Bであるが、2号機を使用しているためにMSZ-009-2とされることもある。


型式番号はMSZ-009-Zと誤記されたこともある(講談社の雑誌「ガンダムマガジン」)。

ZZ-GR
ZZ-GR(ズィーズィー・ジーアール)は、3DCGアニメ『GUNDAM EVOLVE../10』に登場する、エゥーゴの分離合体可変型MS。ΖΖガンダム(ZZ-G)の改修型である。


機体解説
第一次ネオ・ジオン抗争終結後、回収されたΖΖガンダムに失われていたコア・ベースに代り、新たに用意された下半身ユニット(ジムIIIのパーツを利用した物と思われる)をドッキングさせたもの。ジュドーが木星圏にて使用した。

コア・トップ及びコア・ファイターの熱核反応炉のみで稼動しているが、戦闘は可能。但し、バックパックは仮設のメカニズムを使用しているため推進剤に余裕が無いようで、宇宙での長距離の移動にはサブ・フライト・システムを用いていた。

ジュピトリスの護衛中に発生したネオジオン残党との戦闘で推進剤が無くなり、ジュピトリスに帰還不能になってしまうが、付近に接近していたジュドー宛のバースデー・コンテナに積載されていたコア・ベース2号機と下半身の換装に成功。ΖΖ本来の力を発揮し、追撃してきたドーベン・ウルフ隊を一掃する。

本作ではコクピットが全天周囲モニターとリニアシートとなっていた。

メカニックデザインは一式まさと。

量産型ΖΖガンダム
量産型ΖΖガンダム(りょうさんがたダブルゼータガンダム ΖΖ GUNDAM MASS PRODUCT TYPE)は、バンダイ発行の雑誌「SDクラブ」の雑誌企画『大河原邦男モビルスーツコレクション』(M-MSV) に登場する、エゥーゴの試作型MSである。(型式番号:MSZ-013)

機体諸元 量産型ΖΖガンダム
型式番号 MSZ-013
所属 エゥーゴ
建造 アナハイム・エレクトロニクス社
生産形態 量産機
頭頂高 18.5m
本体重量 29.2t
全備重量 53.5t
ジェネレーター出力 2,210kW
スラスター総推力 97,500kg
姿勢制御バーニア数 不明
センサー有効半径 11,300m
装甲材質 ガンダリウム合金
武装 50mmバルカン砲×2
簡易ハイメガ・キャノン
拡散メガ粒子砲
マイクロミサイル
ミサイル・ポッド×2
ビーム・サーベル×2
ハンド・グレネード×2
ビーム・ライフル
オプション・ウェポン・ポッド(マイクロ・ミサイル、ビーム・キャノン)
ΖΖガンダムからコア・ブロック・システム及び変形機構を排除し、生産性を高めるべく設計された機体。ΖΖガンダムの設計思想を受け継ぎ、全身に多数の高出力ビーム兵器を装備、量産機としては破格の火力を備える。しかし、その兵装群を稼動させる為には高出力のジェネレーターを搭載せざるを得ず、コストの高騰については解消されていない。機体は試作機が4機製造されたにとどまり、量産化は見送られて

メガゼータ
メガゼータ (MEGA Ζ: MEGA ZETA) は、長谷川裕一著の漫画『機動戦士VS伝説巨神 逆襲のギガンティス』に登場する、地球連邦軍の試作型分離合体可変型モビルスーツ(MS)である。(型式番号:MSZ-009M)

機体解説
メガゼータはプロトタイプΖΖガンダムを改修して建造された可変MSである。フォルムや武装、変形機構はΖΖガンダムを踏襲している。劇中のアムロ・レイの台詞によれば出力はΖΖガンダムの2倍とされる。プロトタイプΖΖガンダムをベースとしているため、2機のメカ(Aメカ:Gソニック、Bメカ:Gアタッカー)による変形合体を行なう。Gソニックにはアムロ・レイ、Gアタッカーにはジュドー・アーシタが搭乗し、合体後も二人で操縦する。

脚部はΖΖガンダムよりもRX-78ガンダムに近く、曲面で構成されたふくらはぎが存在し、追加のスラスターのような装備はない。頭部のハイメガキャノンはΖΖガンダムよりもひとまわり大きくなり、劇中では連射も可能であった。また肘から先の前腕部を "サイコミュハンド"(いわゆるサイコミュで制御された「ロケットパンチ」) として射出し、遠隔操作が可能。

なお、コクピットはコア・ブロックシステムは搭載されていないにも拘らず、全天周囲モニターとリニアシートではなく(ΖΖガンダムの様な、コクピットの内壁をモニター化させたものでもなく)、パネル式のモニターを使った第一世代モビルスーツと同じ仕様のコクピットになっていた。

劇中での活躍
劇中ではジュドーがその出力の高さに驚き、連邦きってのニュータイプと言われた鉄面皮らが扱えないなどかなり先鋭的でピーキーな機体として描かれていた。アムロ用にチューンされていたとも推測されるサイコミュ・ハンドも手伝って、かなりの戦闘力を発揮する。最終局面でジュドーとミネバ・ラオ・ザビの救出にサイコミュ・ハンドを使い二人の居たコクピットブロックを抉り出した後、シャア・アズナブルのスザクと共同で巨神へ攻撃、撃退に成功する。 なお、劇中サイコミュ・ハンドを初使用した際はハイパービームサーベルからビームを出力させたまま、射出し、多くの敵機を撃破する。

またダブルビームライフルは撃つ前に敵の攻撃で失っており、代わりに撃墜されたネオジオンの機体のビームライフルを拾って使っていた。

メカデザイン
メガゼータはΖΖガンダムのメカデザイナーであった小林誠の描いた準備稿のΖΖをベースとしている。共通点は額のハイメガキャノンが大型であること、脚部にふくらはぎが存在することなどである。しかしモデラーでもあった小林の製作により先行発表された準備稿のデザインとは微妙に異なっている。最大の相違は脚部の変形である。

準備稿 脚部は90度外側に開き足の裏同士をくっつけて変形する。
メガゼータ 脚部は膝パーツ裏のステーを中心にスネ部で180度回転、ノズルが露出する。
長谷川裕一によれば、その名前の由来は「ΖΖ(ダブルゼータ)」=「WΖ」の「W」の字を上下引っ繰り返して「MΖ」、転じて「メガゼータ」と読ませたと語っている。
ガンプ
ガンプは、長谷川裕一著の漫画『機動戦士クロスボーン・ガンダム外伝 スカルハート』のエピソード「最終兵士」や『機動戦士Vガンダム外伝』に登場する、木星ヘリウム輸送船団のモビルスーツである。

機体解説
船団のリーダーである「木星じいさん」ことグレイ・ストークが駆るモビルスーツ。ジャンクパーツや他の機体の流用パーツで一見外見がわからないほど改造されているが、実はΖΖガンダムの成れの果てである。腰部とバックパック、装備しているダブルビームライフルにその面影が残っている。グレイはガンプに愛着を持っているらしく、彼曰く「兄弟」らしい。

グレイの風貌や言動などから、彼の素性はジュドーである可能性が匂わされているが、ここまで愛着を持ってΖΖガンダムに乗っている人間がジュドー以外に考えられない、と言う意味でもその可能性を補強する存在である。

機体性能の面では、木星帝国残党のMS程度なら互角以上に渡り合うことが出来る性能を、ベース機の落成から実に半世紀近く経過した後でも留めていた。しかし、分離合体可変機構は既に失われており、作中では一度も合体変形機構に関して触れられることはなかった。

劇中での活躍
「最終兵士」で木星帝国残党討伐のため、グレイ・ストークが持ち込んだMS。クロスボーンガンダムに比べて一回り大型の機体である。木星帝国残党との戦闘中、トビアのX1改・改”スカルハート”をかばい、脚部を破壊されている。『機動戦士Vガンダム外伝』に登場した際には、その部分がまた別のジャンクパーツで修復されている姿を見ることができる(ただし、初出は『Vガンダム外伝』)。

『機動戦士Vガンダム外伝』にて、最後に頭部のカバーが解放され、ΖΖガンダムの特徴であるハイメガ・キャノン搭載の頭部が出現、そしてウッソを援護するためハイメガ・キャノンを発射。実際にはそれまでの戦闘でジェネレーター出力が低下し、目くらまし程度でしかなかったが、敵機の位置を影として映し出し勝利した。それと同時に限界が来ていた機体も爆発してしまうが、コクピットブロックは離脱に成功している。

2009年01月17日

アンドラゴラス三世の王妃。

アンドラゴラス三世の王妃。36歳。年齢不詳の妖しい美貌を持ち、その美貌によって幾人もの男から求愛を受けた。元バダフシャーン公国(パルスとの戦いに敗れて滅亡)の公王カユーマルスの公妃。その前は同国の宰相の婚約者であったが、カユーマルスに奪われ、宰相は自殺した。パルスによるバダフシャーン併合後にアンドラゴラス三世が妃として迎える。ルシタニアによるエクバターナ占領時には、ルシタニアの国王イノケンティス七世より求愛を受ける。アンドラゴラス三世との間に子供がいる。
[第2部]
パルスの王太后。39歳。大戦後は王都エクバターナを離れ、故郷である旧バダフシャーン公国の首府ヘルマンドスで、公国の離宮であった館に王太后府を設けて隠棲中である。一貫してアルスラーンに対して冷ややかな態度を取っている。
ヘイルターシュ

[第1部]
ゾット族の族長。メルレインとアルフリードの父親。酒癖が悪く、何故かメルレインに辛く当たる事が多かった。剣の腕も相当であったとされるが、ヒルメス一行を襲った際に返り討ちにあう。
パトナ

[第2部]
パルスの騎士バニパールの長女で、トゥースの妻のひとり。18歳。
クーラ

[第2部]
パルスの騎士バニパールの次女で、トゥースの妻のひとり。17歳。ナルサスよりも絵がうまいとの評がある。
ユーリン

[第2部]
パルスの騎士バニパールの三女で、トゥースの妻のひとり。15歳。
レイラ

[第2部]
オクサス地方ハッラールの谷にあるアシ女神の神殿で、女神官見習いをしている背の高い若い娘。19歳。棒術の達人で領主の甥であるナーマルドとは因縁がある様子。孤児だが、王族または高位の貴族にのみ許される意匠の銀の腕輪を所有している。
ケルマイン

[第2部]
パルスの諸侯であるムンズィルの異母兄。母親違いだが容姿が弟のムンズィルに似ていたと言われる。故人。ムンズィルと遠乗りに出かけ、馬とともに谷に墜ちて死に、遺体は獅子に食われたとされる。
ナーマルド

[第2部]
ケルマインの息子でムンズィルにとっては甥にあたる。ザラーヴァントの従兄弟。
パリザード

[第2部]
パルス出身の背が高く豊満な美女。非常にしたたかで生活力がある。しばらくザンデとともに旅をしていた。ミスルでザンデが殺害されるとマルヤムにわたり、さらにエステルらと同行してパルスへ向かう。レイラと同じ銀の腕輪を所有する。
イグリーラス

[第2部]
ファランギースのかつての恋人で故人。黒い髪で褐色の瞳を持ち、背が高く立派な容姿をしていた。学業も優秀で、弁舌もさわやかで巧みであり神官としては優秀であった。しかし自尊心と出世欲が強く、出世できないのを身分制度のためとして、堕落してしまう。やがて冤罪に問われ、護送途中に逃亡を計るが、断崖から転落し死亡。弟がいる。
アイーシャ

[第2部]
ヘルマンドスの生まれで、タハミーネの侍女として王太后府に勤めていたが、ある事件で職を失い、イスファーンの世話とルーシャンの裁量によって王宮に勤める事になる。17歳。笑い出すと止まらない。女神官見習いとして修行を積んだ経験から、緑玉に魔除けの効果がある事を知っており、「蛇王の眷属」の正体を暴く役に立った。イスファーンいわく「よくころがる娘」。
(ギラン出身の)ルッハーム

[第1部]
グラーゼの腹心の部下。パルスには同名の将軍がいる。
[第2部]
グラーゼの部下の中で、重要事の使者や、グラーゼの代理として交渉役を任されることが多い。多言語に通じている。同名のルッハーム将軍が病死し、名を名乗る際に「ギラン出身の・・・」をつけなくて良くなったと喜んでいる。
ヨーファネス

[第2部]
グラーゼの部下でマルヤム人の母を持ち、一応グラーゼの親戚筋にあたる。12歳からグラーゼの弟分になる。商才はあまりないが、勇敢で前線での戦闘指揮には才能を示し、武勇にも優れる。
ハリム
バポス ランパン スモーク ワード ねじめ ブルー ケチャ ゴム編み じゃっこ リッチ マリンスノ ラーマー パブコメ フェテ タリア 森の小人 ザイール パパ シエナ ユニット アセビ ムスク フォルタ メンテ ミサンガ ディス ジーンズ ニュート ブラッシ ブロック タイチュー ブルネット フラワー チュート ダブル クーチュ エアリアル スワジ 地平線 セミオート パテント 黒いカバン リンパ バトン 人魚姫 ハンドガン ラスプーチ スイン クラウト ターテー


[第2部]
エクバターナにある公衆浴場(ハンマーム)の腕の良い浴場世話係(ダッラーク)。蒸気風呂で行われていた法官らの会話を盗み聞きしてしまい、役人に追われることとなる。ちょうどお忍びで城下に出ていたアルスラーンに聖庇(アジール)を求め、その後ザラーヴァントの屋敷で保護されることとなる。
カトルネアス

[第2部]
ヘルマンドスにある王太后府の執事長。70歳近い白髪の老人で、旧バダフシャーン公国時代から館の管理をしている。タハミーネとは30年近い付き合いがある。